フィールド オブ パリーグ           -パ主義野球ブログ-

なが〜く愛してきたパ・リーグをゆる〜く語るブログ、フィルパリです。

2021年T-岡田と中田翔の現在地 〜2008から見てきた紆余曲折〜

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T-岡田と中田翔。年齢もプロ入団年も少しずれているけれど、スタの中ではいつも、セットで見守ってしまう選手です。昔、最初のブログを始めた頃にちょうど彼らが現れて、とても心惹かれました。それからずーっと注目し、今年春先にブログを再開してからは、必ずまた彼らのことを書こうと決めていました。もちろん2人セットで。

若かりし日からずっと、波乱の野球人生だった2人です。今年の前半の状態でさえ、少し前を考えたら意外な展開だったほど。そこから更なる急転直下の事件が発生するとは、さすがに予想不可能でした。ちょっと落ち着いて、ここで一度振り返っておこうと思います。

 

 

新人中田翔をキャンプで見た日

 

実は、初めてのブログのほぼ一番最初の記事に登場したのが中田翔です。2008年、日本ハムの沖縄・名護のキャンプを見学したことを記事にしました。その年、中田は大注目の新人として1軍帯同。厳しい練習について行くのもやっとの様子でした。

 

ランニング練習のグラウンドに行く姿を見たのですが、本当にイヤそうに、テレンコテレンコ歩いている。途中で隣の敷地から飛んできたサッカーボールを蹴り返したりしている。指導係だったらしい大先輩の小谷野が先に着き、「おーい」と呼んでも急ぎもせずに「はぁ……」とため息をついている。内野守備練習が終わった後の整備では、押して使うトンボを手にちょっと悩んだ顔をして、いきなり後ろ手に引っ張って歩き出す。「テニスか、お前は」と小谷野の苦笑まじりの声が飛びます。おやおや下積みをしたことがないのかな、と思いました。こりゃあ手がかかるだろなあ。ただ、見ていて飽きない、面白い子でもありました。

 

やっと練習を終えると、今度はすぐに、十重二十重のファンに囲まれます。騒がれて入団する新人は大変なんだなあ。でも、囲まれた中田はうるさがる素振りも困惑顔もせず、意外なほど穏やかな対応をしていました。同じ日に見た、ダルビッシュの他者を寄せ付けない表情とは対照的で、この子は人が好きなのだろうと感じたものです。

 

f:id:Stadienne:20210826091922j:plain こちらもまだ若くてとんがってたダルビッシュ

 

まあ結局、その年は骨折もあって2軍暮らしが続きました。本人も遊びに走って野球に集中していなかったと、テレビなどで言っていたようです。当時の梨田監督は選手の心構えを大事にする方でしたので、1軍デビューは翌年2009年の秋までかかりました。

T-岡田に目が行き始めた頃

 

中田より2年ほど早くプロ入りしたT.岡田も、しばらくは主に2軍の生活が続きます。「なにわのゴジラ」の呼び名や、イチローに褒められたというニュースでチラホラと話題にはなりましたが、1軍でのはっきりした活躍はやはり2009年です。Tが上で打った初ホームランが8月。中田の1軍デビューが9月。話題が続いたこともありますが、左右の違いはあれど、大柄でちょっと不器用な若き大砲という2人を、「なんだか似てるなあ」と思い始めたのはこの頃でした。そして、2010年早々、岡田貴弘は「T-岡田」となります。ネーミング、なかなかいいな、と思いました。見たくてうずうずしました。

 

チャンスはすぐにやってきました。2010年の3月31日、日本ハム東京ドーム主催試合の対戦相手がオリックスだったのです。もちろんウキウキしながら足を運びました。そこで初めて、中田とTの打席の姿を見ることができました。前半の打席では2人とも、追い込まれて外に落とされてまんまと三振という、あちゃーと目をつぶりたくなるようなバッティングを披露して、まだまだ粗いよねという印象。中田はこの頃はまだ手打ちな感じだったので崩れ方も小さいですが、Tの方は転けるんじゃないかぐらい崩されていたものです。この時の、外低にクルクルの写真がとってあったので載せておきます。

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ところがこの試合、Tは最後に逆転3ランホームランを放ちます。流し打ちでレフトスタンド最前列へ。今ほど完璧で華麗な放物線ではないけれど、ああこれがなにわのゴジラの所以かと思わせるに十分でした。このホームランを打った瞬間のTを、偶然にもカメラで撮っています。運命を感じました(笑)。Tの顔がもうレフトスタンドを見ているのがわかりますね。嬉しいことにネット動画もありました。記憶甦ります。ありがたいです。

sp.nicovideo.jp

 

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後ろ姿、打ち終わったフォーム、若い頃からやっぱりカッコいい。このホームランでオリックスは勝利となりました。当時の岡田監督400勝達成となる勝利でした。何かとファンの心に刻み込まれちゃうTの、運命の始まりの打席だったかもしれませんね。

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こうして、スタはすっかりTに魅了されました。なかなか試合は見れなかったけれど、ニュースやらTのブログやらを追いかけたものです。

 

2人のブレークと浮き沈み

 

2010年のTは、スタが観戦したこの試合の後大ブレークを果たして4番に座り、22歳の若さ(王以来48年ぶりの年齢)で本塁打王(33本)のタイトルを獲ります。一方の中田は、この試合の後に膝を手術してリタイア。後半戦で復帰して9本のホームランを打つなど開花の兆しも見せますが、結局失速して低打率に終わります。しかし、この年に不完全燃焼だったことは、中田にとってはある意味幸運だったのかもしれません。

 

というのも、翌2011年から使用するボールがNPB統一球に変わったのです。これは低反発球、後に悪評高い、極端に飛ばないボールでした。2012年まで使用されましたが、それまで実績のあった長距離砲でこの球を克服できたのは、おかわりくん(西武・中村剛也)ただ一人。球界全体のホームランは、なんと4割も減ってしまったのです。ただ、2010年に出場試合数が少なく、実績もあまりなかった中田は、ボールの変化の影響が少なくて済んだのかもしれません。とにもかくにも、2011年の中田は、低打率多三振という粗いバッティングながらも17本塁打(リーグ3位)を打ち、初めてシーズンを通してレギュラーを務めることができたのです。

 

しかし、Tの方はそうは行きませんでした。前年開眼したはずの打法では全くボールが飛ばなくなりました。16本塁打なので、中田と比べてもさほど悪くはないのですが、前年の半分以下という見方しかされません。チームのためにヒット狙いをすれば、お前に求められているのはそういうバッティングじゃないと言われ、ホームラン狙いで凡打を繰り返せば主軸の責任を果たしてないと言われ、その上当時の岡田監督は厳しい人でしたから、公然と刺々しい批判が口に出ます。まだまだ技術も固まらない23歳の若者で、しかもおとなしい性格のTが、制度に翻弄されて悩みに悩み、泥沼にはまり込んでいく姿は本当にかわいそうでした。

 

2012年になると中田が、その年就任した栗山監督の下、本格的にブレークを果たします。全試合4番で出場してリーグ優勝。その後もムラのある成績ながら、不動の4番となって2016年には日本一を経験。打点王やベストナイン、GG賞も獲得。完全にチームの顔となり、代表にも度々選ばれ、スター街道を往くことになります。2017年は絶不調でFAを諦め、2018年は各種自己記録達成&3年契約、2019年は不調、2020年は絶好調で打点王と、バイオリズムに隔年感があったので、今年の不調も当初はその流れかなと軽く考えておりましたね。

 

Tの方は2012年以降、まずは持病的になった太もも肉離れなど、長引くケガにつきまとわれます。2年間は規定打席到達もままならぬ状態。やっと復調した2014年は手が届きかけた優勝を目前で逃して涙に暮れ、その後はチームも主力選手放出等で低迷が始まります。2016、2017、2018年は復調の兆しが見えましたが、タイトルなどには無縁なこともあり、いつも「物足りない」と言われ続ける。2019年は絶不調で2軍暮らしが続き、FA権行使をささやかれるも、最終戦の代打登場時のファンの歓声に心を動かされ残留。オフには、若者に混じって南米ウインターリーグに傘下して自分探しの旅。2020年はやや復調したものの波の激しさは変わらず。同じようにムラがあっても、タイトルなど目に見える形で実績を手にした中田と対照的に、Tは2011年以降ずっと、成績が素質に見合わぬ歯がゆい選手というのが、世間の風当たりでした。

 

ぼくは恵体で非凡でちょっとガラス(共通点)

 

T と中田はよく似ている。最初の頃からスタは感じていました。恵まれた体格と高校時代から注目される長打力を持つ選手はひと握り。若くしてチームの4番を任される選手はさらに限られます。その時のチームの選手構成など、運命的な流れにも左右されるのです。Tも中田もまだまだ未熟なうちから、そういう役割を背負うことになりました。背負わせたくなるだけの才能も、また確かに持っている選手だったからです。彼らの長打、特にホームランは、ファンの溜飲をスカッと下げます。目を疑うような酷いバッティングやチャンスで繰り返される凡退がどんなにあっても、1本のホームランで全部うさが晴れてしまう。主役級の選手でしか呼び起こせないカタルシス。

 

かといって、天才型かというとああ見えて努力型でもある2人。開眼できたかと思いきや、相手もプロなのですぐに壁にぶち当たる。両者毎年のようにバッティングフォームを変えて、四苦八苦してきました。守備もそう。最初は本当に下手くそだった。外野をやったりして少しずつ自信をつけ、今やファーストで名手の域に達しています。持って生まれた体力だけでなく、努力の才も実は非凡なところがある。童顔なところや、それをカバーしようとするヒゲや、あと、応援歌が名曲なところも同じかな。

 

そして、でかい図体に見合わぬ小さなハートも似ています。ガラスです。若き日のTがブログを始めたとき、誰もがその絵文字を散りばめたJKのような文面にたまげたものです。しょっちゅうマモさん(岸田護)の家に行ってはご飯を呼ばれている。かわいい。ファンの間で「心は乙女のT」が定着したのもこの頃でした。まるで、ゴジラが野原で花を摘むのを見る気分。 優しすぎる。そこがまた、ファンをやきもきさせてきました。

 

中田の方も、周囲の誰もが「繊細」と表現する気質でした。高校でたばかりの時から子供やお年寄りに特に優しく、赤ちゃんの抱っこがそれは上手だった。18くらいの男子で赤ちゃんをああいう風に扱える子は中々いない。「根は優しい」のです、確かに。ただ、「強さ」に対する理解力が無かった。サービス精神や自立心について真に消化できず、周囲が期待する「やんちゃキャラ」や「面倒見の良さ」について誤解し、エスカレートし、自分でコントロールできなくなったのだろうと考えています。他人との境界線を理解するドライさや賢さが足りなかったのだと思います。

 

2021年8月の2人

 

今年、Tがあんなに幸せそうな笑顔を見せるようになると思っていた人は何人いたでしょうか? 中田が後輩といざこざを起こし、追われるようにチームを去ると思っていた人は何人いたでしょうか? スタには全く想像できない展開でした。

 

Tが心から楽しそうにしている。今年のオリックスファンにとって、これほど嬉しいことはないでしょう。俯く姿、天を仰ぐ姿、そして泣いている姿は数知れず見てきたけれど、こんなに楽しそうな表情が多いTって思い出せないのです。チームでは才気煥発な後輩たちがみんなして、TさんTさんと慕ってくる。じゃれつき囃し立てる子供たちを、ニコニコしながら引き連れて歩く、村の和尚さんみたいになっているT。オリックスの雰囲気は、「かわいいかわいい宮城」と「かわいいかわいいTさん」が支えている。さらに今年のTは、気持ちだけでなく技術面でもしっかり貢献できているところに充実感があります。今、ケガでリタイアしてますが、軽いうちに治して本当の正念場を迎えようと準備していることでしょう。Tが戻ってくるのを、後輩達もファンも心待ちにしています。

 

中田問題については、先日記事をあげ、Twitterでもつぶやきました。今はもうこれ以上言うようなことは無いです。泥舟から逃げのびたなんて言われてますが、別の船に引き上げられたと思わない方がいいのでしょう。まだ水の中。まだ重りは付いたままで小さな板きれに掴まることができた、ぐらいの感じ。そこからまた地に足付けられるようになるまで、まだまだサバイバル。自分が失ったもの、失った原因についてもう一度じっくり考え、今度こそ消化して本質から理解してくれればと思います。

 

こうして振り返ると、本当に長い時間彼らを見守ってきたなあと感じます。2人を並べて語る日はもう来ないかもしれなくて、それがなおさら感慨深いですけれど。

 

色々あってもよく頑張ってきてくれた。ずっと見て来られて良かった。その気持ちは変わらないのです。