先週6月10日の交流戦、虎ファンが押し寄せる ”猛虎襲来”で大盛り上がりだったエスコンの日本ハムvs阪神のカード。第2戦で、ハムのライトを守っていた万波中正がスーパーなバックホームを披露して話題となりました。
阪神はセカンドに走者を置いて、ライト前への痛烈なヒット。万波が投げるタイミングだと走者はもうホームまで半分くらい来ていて、アウトは厳しそうに見えました。しかし、思い切り体をしならせての送球は、引き絞った弓から放たれた矢のように低く一直線に捕手伏見寅威のミットへ。
スピーディーでスリリングなホームベース上の攻防は、間一髪のアウト。岡田監督のリクエストによりビジョンに映し出されたプロフェッショナルなクロスプレーの迫力に、満員のスタンドが沸き立ちました。
ああ、まんちゅう(万波)の守備が磨き上げられたなあ、って思いました。彼の守備は、何年も前からよく話題になりました。とてつもなく肩が強くて華やかです。でも、粗い。あくまでもダイヤの原石。キラリと光ってはいるけれど、そのままなら他の石と変わり映えなかったりするわけです。
たいていの場合、有名校出身の選手の守りはプロ入り前にそこそこ鍛えられている、つまり軽く下加工されていることが多いもの。しかし万波の場合は、類まれな身体能力に任せて感覚だけに頼ってるような守備でした。
粗削りっちゅうか、削ってないよね、って思いましたものね。もしかしたら、学校の指導者さんは意図的に、なるべく余計な手を入れぬようにしたのかも。そんな風に感じるくらいおおらかな、率直に言えば雑な守備。入団してしばらくは、当時のハムの教育方針もあって、その状態が続いていたのです。
それを「いや磨こうよ、本気で」と変えてくれたのが新庄監督です。遠くに飛べば飛ぶほどいいホームランと同じ感覚で投げてるのかな?、と苦笑いが出るほどの大暴投を繰り返していた万波に、ちょっとずつちょっとずつ、守備はそんなに大まかにやって上達するもんじゃないんだよ、ってことを教えていきました。
当ブログでは去年2022年のキャンプの頃に、万波の変化について記事にしました。スタは2021年に彼のキャッチボールを見て、そのフリーダムさが気になったりしていたのです。だから、外野守備の達人だった新庄監督が、彼をどう変えていくのか興味津々でした。
上の記事を書いた時は、彼の変身は始まったばかりというところでした。その後はやっぱりスイスイ上達とはいかず、いろいろ苦労したものです。新庄監督からは次から次へと注文が入りました。
記事の直後の2022年4月には、相手1死3塁の場面でのファウルボウルを捕るか捕らないかの判断でアバウトさがバレちゃったし、6月には打球の質や風向きへの準備不足も指摘されてます。
本人も一生懸命やってるんだけど、試合でもミスが出たりします。5月27日には走者を刺そうと突っ込んできて後逸し、ベンチで涙。
で、この時の新庄監督のフォローが手厚かった。翌日スタメンから外したけれど終盤で守備固めに起用したり、監督自身のインスタライブで万波に、なぜミスしちゃったのか気持ちの持ち方を思い出させてみたり。
なんとかして、頭を整理して考える方法を身につけさせようとしているのが伝わってきましたね。もう、子供に歩き方を教えるみたいに一歩一歩の指導です。
こうしてすっかり上達した万波……と行きたいところですが、現実は甘くないのであります。ちょっと落ち着いたかなという矢先の7月末、守備位置はセンターでしたが、またまた後逸をしてしまいます。今度は監督も激おこで、即座の懲罰交代。試合後も「あんなことをしていたらレギュラーはとれない」と、厳しい言葉が続きました。
こんな具合で、去年はとにかく、ポカをしやすい粗忽な部分の矯正と、基本的な判断力をつけていくだけで終わった感じだったのです。いやはや、思い返しただけで、スラップスティックなシーンのあれこれがまぶたに甦ってきますねえ。
こうして迎えた今年2023年。WBC参加国キューバとの練習試合に完勝した中、万波はやっぱり緩慢な返球で走者を進めてしまう守備をして、監督に「キャッチボールができてない」と、ため息をつかせます。
なかなか気が抜ける癖の矯正は大変だなあ、と感じさせたシーンで、この頃はまだまだ時間がかかるかな、って思わせたものです。
※3:40頃に言及
そんな中、監督は万波にファーストを経験させ始めました。実は、去年も「意外と器用」と、ファースト構想を口にしていたのですよね。それを、今年は紅白戦でいきなり体験させたというわけです。
この後万波は、公式戦が始まっても外野とファーストの両方を守るようになります。外野の基本でも混乱してるのに大丈夫なの?と、心配もありますよね。現にファーストでもちょいちょいミスも出ているし。
でも、最近スタは、もしかしたらファーストの守備に付くことが万波の外野守備にもいい影響があるのかも、と思い始めています。
自分が人からの送球を受け取ることで、取りやすい球の大切さを実感したんじゃないかな。外野と捕手の間の位置で他選手のバックホームを見ることで、最適な送球とはどういうものかわかってきたんじゃないかな。そういう影響です。
それから、WBCのサポートメンバーに呼ばれたのも良かったかも知れません。そこでホームランを打てたという打撃での自信はもちろんですが、超一流選手たちの集中力や切替え力を目の当たりにしたのは、すごく刺激になってるような気がします。
そんなこんながあり、今年のキャンプまであんなに集中力が切れやすかった万波が、途中から変わったように見えますね。試合中にふわふわした気配を見せることが少なくなった。もちろん、まだまだ守備でもミスは出てるんですけど、やった瞬間にプッツンと切れる感じがすごく減ってる。
ちょっと話がとっ散らかってきたので、今回の万波のスーパーバックホームに話を戻しましょう。これこそ、彼が試合中ずっと集中を切らさずにいた証。捕球に走り出してから、ひとつの動作もミスなく完璧にこなしたバックホームには、万波が今まで苦労してきたことが全部詰まってました。
送球ばかりに目が行くけれど、まずはダッシュと捕球が去年の練習の賜物です。成果を試合で見せようとしては、何度も失敗して泣いて叱られて。そういう思い出が全部昇華した猛ダッシュと正確な捕球でした
そしてそこからは、やっぱり何度も何度も言われてきた低くて速い送球。だんだん、できるようになってきていたけれど、今回のホーム送球は少しズレても走者の生還を許す状況。そういう場面でドンピシャに投げられたのは、偶然の賜物ではありません。
プレーがほぼほぼイチかバチかだった頃と違い、これまで教わったことをひとつも忘れず、捕る側にとって最善な球を意識して投げた結果です。
ダイヤの原石だったまんちゅう(万波)。磨かれて磨かれて、やっとカットの輝く宝石になったんだなあと、しみじみ感動したプレーでした。粗削り選手がほんの1年でこんなに変わる。指導力のある指導者と素直で素質ある若者の出会いで、いい作品を作りますね。
ああ、それからもう1人、このバックホームの芸術点を高めた登場人物がいます。捕手の寅威(伏見)です。捕るのも難しい万波の剛球を、キャッチからタッチまで流れるようにムダの無い動作で処理。手首が捩れるほどの激しい動きにもボールをこぼさず、見事に走者をアウトにしました。もし彼の動作に隙があったら、このバックホームはもう少し平凡な印象となったでしょう。
万波の送球が宝石なら、寅威のキャッチ&タッチはプラチナの台座。万波の送球だけならどんなに美しくともルース(裸石)で終わる。捕手がプラチナの台座となって受け止めてくれたから、このバックホームは完璧に美しい指輪となって目を引くのです。
寅威はFAで今年からハムに入った選手。去年オリックスで日本一を経験し、守備には熟練の技術を持っています。そういう捕手と、ようやく緻密なプレーをでき始めてきた万波がチームメイトになる辺り、出会いの運や縁も感じたりしますね。
さて、このプレーを見ていた新庄監督はと言えば、ガッツポーズなどすることもなく、クールに拍手をしただけでした。試合後もこの日は多くを語らなかったのですが、残したコメントに感慨がこもっていました。
「本当にいいチームになってきたなあ」
このひと言に、去年から手塩にかけてきた選手たちへの思いが滲みます。ベストプレーのスーパーバックホームを見た時に、手の掛かる原石だった万波をコツコツと磨き上げてきた思い出が甦ったでしょうか。
監督と選手の関係で言えば、プラチナの台座になった寅威も監督自らが球団に依頼して獲得した選手。だから、今回のスーパープレーの指輪は、選手の努力のみならず、監督の苦心の末に生まれた作品でもあるのですね。
最近、日本ハムの健闘ぶりが話題に上り始めています。でも、よくよく見ればまだまだな所もいっぱい。ここから先でしっかりやれなければ、本当に強くなったとは言われません。万波だって先行きは不安だらけ。
それでも、弱点を克服してひとつの完成品を仕上げたことは、間違いなく自信になるはずですよね。万波には、このまま安定したプレーを続けてゴールデングラブ候補の常連に名を連ねてほしい。そうなった時には、ハムは真の強豪になってますね、きっと。
スーパーバックホームの後も浮かれた表情は無かったまんちゅう。だんだんと、ファインプレーをイチかバチかじゃなく当たり前にこなす選手になってきています。
期待できますね。
がんば!。